いい加減、優秀なプレーヤーを安易にマネージャーにするのはやめないか

仕事の成果を出した人が、マネージャーに昇進する。

一見、当たり前のように思える。頑張った人が報われる。功績を上げた人が上のポジションに就く。異論を挟む余地などないように見える。

しかし、我々ははるか前から、さんざん見てきたはずだ。

プレーヤーとして抜群の成果を出していた人が、マネージャーになった途端、現場を疲弊させていく様を…。


マネージャーの定義

まず言葉を定義したい。この記事で言う「マネージャー」とは、単なるOJTトレーナーのことではない。

複数人から構成される組織の長であり、その組織全体の成果に責任を負う存在である。必然的に、所属メンバーのマネジメント、つまりタスクマネジメントとピープルマネジメントの両方を、業務の中核に含む立場のことを指す。

技術指導が上手い、後輩の面倒見が良い。それだけではマネージャーの資質を語るには不十分だ。組織全体を俯瞰し、メンバー個々の状態を把握し、成果とコンディションの両方に責任を持つ。それがマネージャーという仕事の本質であると考える。

プレーヤーとマネージャーは、そもそも別の仕事だ

当たり前の話だが、プレーヤーとマネージャーに求められるスキルはまったく違う。

経営学者のロバート・カッツが1955年に提唱した「カッツ・モデル」という古典的なフレームワークがある。ビジネスパーソンに必要なスキルを、テクニカルスキル、ヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルの3つに分類し、階層が上がるほどテクニカルスキルの比重が下がり、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルの比重が上がっていく、というモデルだ。

カッツモデルとは?3つのスキルと活用方法について解説 | HR大学

プレーヤーとして評価される軸は、大半がテクニカルスキルである。営業成績、技術力、専門知識。定量化しやすく、周囲からも見えやすい。

一方でマネージャーに求められるのは、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルの比重が圧倒的に高い。メンバーとの信頼構築、期待値の調整、対立の解消、組織全体を俯瞰した意思決定。

つまり、我々は本来まったく別のスキルセットが必要な仕事に対して、片方の軸の成果だけを見て、もう片方の適性を判断してしまっている。この時点で、すでに構造的な欠陥を抱えているのだ。

現場で起きる悲劇の数々

この欠陥が現場でどう発現するか。

テクニカルスキルは高いが、ヒューマンスキルが伴わない人物がマネージャーになる。メンバーへの期待値が自分基準になり、「できて当然」という前提でタスクを振る。フィードバックは一方的で、対話ではなく指示になる。メンバーの状態を観察する習慣がないため、疲弊のサインに気づけない。

結果として起きるのは、メンバーの疲弊、休職、そして退職だ。

しかも厄介なのは、こうした事態が起きても、当のマネージャー自身は「自分は成果を出しているのに、なぜメンバーがついてこないのか」としか捉えられないケースが多いことだ。自分の評価軸が、そもそもマネジメントという仕事の評価軸とズレていることに、本人すら気づいていない。

それでも我々は、なぜ同じ過ちを繰り返すのか

これだけ悲劇を見てきているにもかかわらず、我々は同じ過ちを繰り返す。プレーヤーとしての成果だけを見て、マネージャーへの昇進を決めてしまう過ちを。

この現象には、名前がついている。

経営学者ローレンス・J・ピーターが1969年に提唱した「ピーターの法則」だ。

ピーターの法則とは?【わかりやすく解説】創造的無能、対策 – カオナビ人事用語集

組織において人は、自分の能力の限界に達するまで昇進し続ける、という皮肉な法則である。ある職位で優秀な成果を出した人は昇進し、その先でも優秀であれば、さらに昇進する。この連鎖は、その人が「無能」と評価される職位に到達するまで止まらない。つまり組織のポストは、最終的に無能な人間で埋め尽くされていく、という指摘だ。

なぜこの法則が成立してしまうのか。その背景には、評価者側の認知バイアスがある。

ある領域における能力の高さが、まったく無関係な別の領域における能力の高さまで、実際以上に高く見えてしまう心理的な傾向のことを、ハロー効果と呼ぶ。営業成績が高い、技術力が高い。その事実が、マネジメント適性という別軸の評価まで、無条件に引き上げてしまう。

【ハロー効果とは】意味・事例・心理学的実験をわかりやすく解説|リベラルアーツガイド

評価者は、この認知の罠に無自覚なまま、昇進の意思決定を下し続けている。

「見る目のなさ」が最たる原因ではないか

ここまでは構造の話、いわば仕組みの不備の話をしてきた。だが、それだけでは片付けられない問題がある。評価者個人の「見る目のなさ」そのものだ。

可愛がっている部下を無条件に重用する。愛想が良く、自分に都合の良い報告を上げてくる人物を高く評価する…。

さらに厄介なのが、上には愛想よく振る舞い、下には激烈に詰める人物も存在する。この手のタイプ(三国志の「張飛」を想起する人もいるかも知れない)は、上司から見える範囲の言動だけを切り取れば、忠実で頼りになる部下にしか映らない。だが現場のメンバーから見れば、恐怖政治そのものである。

こうした人物を、表面的な言動だけで判断し、見抜けない評価者は少なくないだろう。果たしてそれは、判断と呼べるのだろうか。

否。決してそれは判断ではなく、評価者の怠慢であり、スキル不足である。

人を見抜くというのは、才能ではなくスキルである。少なくとも、以下のような態度と技術によって、後天的に培うことができる。

上からの報告や態度だけで判断せず、下からの評判を意図的に、能動的に拾いにいく姿勢。1on1の場だけでなく、その人物が権限を持たない場での振る舞いを観察する視点。成果という結果と、その成果を出すために使った手段を切り離して評価する視点。本人の自己申告と、周囲からの評価にギャップがないかを、常に照合し続ける習慣。

これらを怠り、表面的な言動と成果だけで人を評価し続けてきたことこそが、優秀なプレーヤーが安易にマネージャーへと登用され続けてきた、最大の原因だと私は考える。

過ちを繰り返さないために

とはいえ、評価者個人のスキルアップだけに頼るのは危険だ。人間の認知バイアスは、意識するだけでは消えない。だからこそ、個人の目利きに依存しない仕組みも同時に必要になる。

昇進基準そのものをコンピテンシー化することが、まず有効な一手だ。「成果を出した」という曖昧な評価軸ではなく、「メンバーへの権限委任の経験があるか」「定期的な1on1を実施してきたか」「部下の育成実績があるか」といった、マネジメントという仕事に直結する行動指標を、昇進要件として明文化する。感覚的な評価が入り込む余地を、構造的に減らすということだ。

本昇進の前に、小規模なチームでの試用期間を設けるトライアル登用の制度も有効だろう。ここで重要なのは、失敗した場合の受け皿を用意しておくことだ。降格という扱いにするのではなく、専門職としてのキャリアラダーへ水平移動できる制度を、あらかじめセットで用意しておく。

単独の評価者に権限を集中させない、合議制の導入も欠かせない。複数の評価者、できれば他部門からの視点も交えたカリブレーション委員会のような場で、昇進の妥当性を検証する。一人の上司の主観に、組織の未来を委ねないということだ。

人事評価の「calibration」とは?意味や役割、導入の具体的なプロセスを解説 | 給与計算ソフト「マネーフォワード クラウド給与」

もう一つ紹介したいのが、Googleが2008年から進めた「プロジェクト・オキシジェン」という社内調査だ。優秀なマネージャーの条件を、社内のピープルアナリティクスによって分析したところ、テクニカルスキルの高さは、上位の要因としては挙がらなかった。むしろコーチング能力、権限委譲、傾聴といったヒューマンスキルの要素が上位を占めたという結果が出ている。技術力の高さとマネジメント適性は、そもそも相関が低いというデータが、ここに存在する。

Googleの「プロジェクト酸素」が教える問題解決力の重要性 | 『日本の人事部』プロフェッショナルコラム

こうしたデータを自社でも取得し、評価基準に組み込んでいく取り組みも、選択肢の一つになるはずだ。

そして根本的には、「昇進=マネジメント就任」という一本道そのものを見直す必要がある。専門職としてのキャリアラダーを、マネジメントラダーと並行して整備する、デュアルキャリアラダーの発想だ。IBMなど一部の企業では、すでに早くから導入されている考え方である。マネジメントに向かない、あるいは向きたくない優秀なプレーヤーが、昇進のために無理にマネージャーを目指す必要がなくなれば、この問題の根はかなり浅くなる

キャリアラダーのご案内|厚生労働省
キャリアパスの整備 – デュアルキャリアラダー | DevelopersIO

「好き嫌い人事」から、どう距離を取るか

ここまで挙げてきた仕組みには、もう一つの効能がある。社内政治、つまり好き嫌いによる人事を抑止する効果だ。

評価者と被評価者の間には、自分と似た属性、似た価値観を持つ相手を無意識に高く評価してしまう、類似性バイアスと呼ばれる心理的傾向が存在する。出身校が同じ、趣味が合う、単純に話していて心地良い。こうした要素が、無自覚のうちに評価に混入する。

これは、先に述べたハロー効果とも地続きの問題だ。可愛がっている部下を重用してしまう構造の裏には、この類似性バイアスが潜んでいることが多い。

だからこそ、コンピテンシー化による行動指標の明文化と、合議制による複数視点の導入が効いてくる。単独の評価者の好悪の感情が、そのまま昇進の意思決定に直結する構造そのものを崩すことができれば、好き嫌い人事は成立しにくくなる。

それぞれの立場でできること

最後に、それぞれの立場で今すぐできることを整理しておきたい。

メンバーの立場であれば、まずは正攻法で声を上げることだ。本人に直接伝える、あるいは人事に相談する。ただし、それが機能しない組織も現実には存在する。その場合は、無理に消耗するのではなく、うまく距離を取る発想も必要になる。目の前の状況を、深刻な人生の問題としてではなく、あくまで一つのゲームとして捉え直す。直属ではない別ラインのメンターを確保しておく。逃げ道を複数持っておくことが、自分を守ることに直結する。

評価者の立場であれば、まず自分自身がハロー効果や類似性バイアスの影響を受けやすい存在だと自覚することから始まる。表面的な言動や、自分に対する態度だけで判断を下さず、構造化された行動評価に基づいて判断する。単独での決裁権に固執せず、自ら合議制を求めていく姿勢も必要だ。

人事や経営層といった、その他のレイヤーの人たちにとっては、個々の評価者の資質改善を待つだけでなく、昇進の仕組みそのものを設計する責任がある。コンピテンシー化、トライアル登用、カリブレーション委員会、デュアルキャリアラダー。これらは現場の努力ではなく、制度設計の領域の話だ。

まとめ

優秀なプレーヤーを、安易にマネージャーにする。この過ちは、個人の資質の問題であると同時に、評価者の見る目のなさという問題であり、さらにその根底には、組織の仕組みの不備という問題が横たわっている。

良い人事とは、優れた個人の目利きによって生まれるものではない。目利きに依存しない仕組みによって、再現性を持って生み出されるものだ。

いい加減、この当たり前の事実に、我々は向き合うべき時期に来ているのではないだろうか。